剣闘士の血をすすり、処刑台の血に群がった…… 人類が「血」に託した10の奇妙な風習

血液は生命の象徴であると同時に、特別な力を宿す物質だとも信じられてきた。てんかんの特効薬として、あるいは建築物を聖別する材料として——古今東西の文化が血に託した用途は、想像以上に多岐にわたる。
考古学と歴史記録から明らかになった、血にまつわる10の奇妙な風習を紹介しよう。
「薬」として飲まれた血
1. 剣闘士の血をすすった古代ローマの治療薬
古代ローマでは、てんかん患者が剣闘士の生き血を飲めば発作が治ると信じられていた。負傷した剣闘士の喉から直接血をすする患者の記録も残り、著述家プリニウスは嫌悪感とともにこの光景を書き記している。新鮮な血には生命力が宿ると考えられていたようだ。
2. 処刑台に群がったヨーロッパのてんかん患者
近代初期のヨーロッパでも、公開処刑の直後に温かい血をすくい取り、その場で飲み干すてんかん患者の姿が見られたという。1908年にはドイツの女性が死刑囚に血液の提供を求めた記録も残る(拒否されたようだ)。
3. モンゴル遊牧民の”血の食事”
紀元前2700年頃、モンゴル北部の遊牧民は青銅製の釜で家畜の血を調理していた。羊やヤギの血を屠殺時に採取し、血腸のような料理に加工していたとみられる。同じ釜からヤク乳の成分も検出され、儀式的な意味合いも指摘されている。
神々と交信するための「聖なる血」
4. 古代エジプトの”幻覚作用飲料”
約2000年前のエジプトでは、女神ベスをかたどった容器から幻覚成分を含む植物や発酵酒、蜂蜜、そして人間の血液や体液の痕跡が検出された。神がかり的な体験を得るための儀式用飲料だったのではないかとみられている。
5. マリの木彫像に塗り重ねられた血
マリのドゴン族やバマナ族の木彫像は、数世紀にわたり動物の血を塗布され続けてきた。調査対象8体中7体から血液の痕跡が検出され、繰り返される供養が彫像表面に分厚いコーティングを形成していた。
6. ベナンの王宮を”人身供養”で固めたモルタル
19世紀のダホメ王国(現ベナン)では、王宮施設の建材モルタルに人身供養の血液が混ぜられたと語り継がれてきた。2024年の科学分析でモルタルから人間と鶏の血液蛋白質が検出され、伝承の一部が裏付けられた。
7. 2000年色褪せない中国の”血の岩絵”
中国南部の石灰岩の崖に2000年以上前から描かれた巨大な赤い人物像も、血液の力を借りていた。血液の蛋白質がモルタルのカルシウム結晶化を促し、高温多湿でも顔料を岩に強力に接着させていたという。

死と再生をつなぐ「象徴としての血」
8. ナスカ文明の”トロフィーヘッド”と豊作祈願
南米ペルーのナスカ文明の遺跡からは、意図的に斬首されたとみられる頭部が多数出土している。首のない遺体のそばから人間の頭部を模した陶器に木が生えた造形物も見つかり、流された血は豊作祈願の象徴だったとみられている。
9. 金の仮面を血で染めたシカン文明の王
北ペルーのシカン文明では、約1000年前、高位の男性が寺院の下に逆さまで埋葬されていた。遺体も副葬品の金の仮面も鮮やかな赤で塗られ、分析の結果、塗料には人間の血液と鳥の卵の蛋白質が混ざっていたことが判明した。
10. ルイ16世の血に浸したハンカチ
1793年、パリで処刑されたルイ16世の周りには群衆が押し寄せ、多くの市民がハンカチを彼の血に浸して持ち帰った。「暴君の血」を手にしたと語り継ぐ者もおり、旧王政の終焉を象徴する瞬間の熱狂は後世まで伝説として残った。
医学が発達した現代なら、こうした風習の大半は迷信の一言で片付けられるだろう。それでも、命の色である赤に特別な力を見出す人間の性は、案外今もどこかで生き続けているのかもしれない。
参考:Listverse、ほか
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2024.10.02 20:00心霊剣闘士の血をすすり、処刑台の血に群がった…… 人類が「血」に託した10の奇妙な風習のページです。不老不死、迷信、血液などの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで

