18世紀英国貴族が興じた秘密結社「ヘルファイア・クラブ」の闇…… 黒ミサもどきの儀式、乱脈な酒宴、彷徨う幽霊

18世紀のイギリスとアイルランドには、暇と財力を持て余した貴族の男たちが集う秘密結社が複数存在した。総称は「ヘルファイア・クラブ」。廃墟の修道院や地下洞窟を舞台に、酒と悪ふざけ、宗教をもじった儀式ごっこに興じた彼らの素顔と、今なお語り継がれる幽霊譚を紹介しよう。
フランシス・ダッシュウッド卿と「聖フランシス騎士団」
最初の「ヘルファイア・クラブ」は1719年にロンドンで創設されたが、わずか2年で解散。以後この名称は、放埓に遊び暮らす上流階級を指す一般名詞として定着した。
その名を最も有名にしたのが、バッキンガムシャーの富豪フランシス・ダッシュウッド卿(1708年生まれ)だ。1746年頃、彼は「ウィコムのセント・フランシス騎士団」を旗揚げする。
メンバーはサンドイッチ伯爵、政治家ジョン・ウィルクス、画家ウィリアム・ホガースら約12名の少数精鋭で、渡英中のベンジャミン・フランクリンとの交流も伝えられている。
会合の舞台となったのは、13世紀のシトー会修道院の廃墟を改装したメドメナム修道院だ。異教的な彫刻で飾られた館の壁には、「Fay ce que voudras(汝の欲するところをなせ)」の標語が掲げられていたという。

地下90メートルの洞窟に築かれた酒宴の殿堂
1748年から1752年にかけて、ダッシュウッド卿は自邸のあるウェスト・ワイコムの丘陵に、フリントと石灰岩を掘り抜いた巨大な洞窟を建設させた。
地下約90メートルの通路の先には宴会ホールが設けられ、通路自体は冥界の川になぞらえて「ステュクス川」と呼ばれた。ここで男たちは仮装した女性たちを招き、教会のミサをもじった儀式ごっこを交えて酒宴を繰り広げたと伝えられ、これが後に「黒ミサ」と俗称される所以となった。
もっとも、本物の悪魔崇拝が行われていたことを示す証拠は見つかっていない。ある逸話では、政治家ジョン・ウィルクスが儀式の最中に本物の悪魔に見せかけた猿をこっそり放ち、メンバー一同が本気で震え上がったという顛末も語り継がれている。
洞窟の管理人だった詩人ポール・ホワイトヘッドは1774年の死去に際し、遺言で自分の心臓だけを骨壷に納めて洞窟内に安置させた。だが1829年、その心臓は何者かに盗まれ、行方は分かっていない。

ダブリン近郊「モンペリエ・ヒル」に伝わる悪魔と幽霊
海を渡ったアイルランドでも、初代ロス伯爵リチャード・パーソンズが1735年から1737年頃、ダブリン近郊モンペリエ・ヒルに独自のクラブを設立している。
この館は1725年、新石器時代の古墳を壊して建てられたもので、竣工直後に嵐で屋根が吹き飛ぶという不吉な出来事に見舞われたと伝わる。以来、この地には数々の怪異譚が根付いてきた。
巨大な黒猫の幽霊が屋敷内を歩き回るという目撃談、カード賭博中に爪ではなく蹄を持つ来訪者が現れたという逸話、若い農夫が館の近くで溺死したという言い伝えも残る。2015年には米国のテレビ番組『ゴーストアドベンチャーズ』も同地を調査している。
一方、ウェスト・ワイコムの洞窟には「スーキ」と呼ばれる白い婦人の幽霊譚が伝わる。愛の手紙で洞窟へおびき寄せられた末に裏切られ、石で打たれて命を落としたとされる娘の霊だという。
考古学調査で見つかっているのは先史時代の遺物のみで、悪魔儀式を裏付ける物的証拠はない。歴史学者たちも、実態は本物の悪魔崇拝というより、政敵への当てこすりや宗教への皮肉を込めた悪ふざけだったとみている。
とはいえ、洞窟の奥や古い館で今も出没が噂される幽霊たちの存在は、300年近く経った今も色褪せずに語り継がれている。
参考:Mysterium Incognita、ほか
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