太陽が消え、インクのような黒い雨が降り、空から「肉」が落ちてきた…… 人類史に記録された奇妙すぎる7つの一日

歴史が動くのに何十年も必要とは限らない。たった24時間で常識がひっくり返った日が、人類史にはいくつも記録されている。
真昼に太陽が消えた日、インクのように黒い雨が降った日、そして空から肉が落ちてきた日——。いずれも与太話ではなく、当時の住民や役人、外交官が書き残した記録である。今回はそんな「奇妙すぎる7つの一日」を紹介しよう。
空が壊れた日:太陽が消え、真っ黒な雨が降った3つの記録
1. デトロイトの黒い雨(1762年10月19日)
朝から太陽が血のように赤く、通常の3倍の大きさに見えたという。空は病的な黄緑色の靄に覆われ、やがて昼が夜に変わった。
そこへ降ってきたのが、インクのように真っ黒な大粒の雨である。触れたものすべてが黒く染まったと記録されているが、遠方の山火事説が挙がる程度で、決定的な説明は今も存在しない。
2. ニューイングランドの暗黒の日(1780年5月19日)
朝はいつも通り明けたのに、日が高くなるにつれて逆に暗くなっていった。正午には蝋燭なしでは何も見えず、闇が晴れたのは翌朝だったという。
ここでも山火事の煙が最有力候補とされる。だが奇妙なことに、当時の記録には「煙の匂いがした」という証言が出てこない。
3. バグダッドの暗黒と赤い霞(1857年5月20日)
イギリスの外交官チャールズ・A・マレーが日記に残した一日。快晴の朝が突然暗転し、夜のような闇が訪れた。闇は比較的早く晴れたが、入れ替わりに赤く光る霞が流れ込み、砂が宙を漂ったという。
砂嵐で片付けたくなるところだ。しかし、砂嵐に慣れているはずの現地住民は、誰一人これを砂嵐だとは認めなかった。
空から降ってきたもの、電線に流れ込んできたもの
4. キャリントン・イベント(1859年9月1日)
観測史上最強とされる太陽嵐が地球を直撃した日。オーロラが南米コロンビアでも観測されたというから、規模は尋常ではない。
極めつけは電信技師たちの証言だ。電源から切り離したはずの電信線が「生き返り」、電源なしで通信ができたとされる。電源の入っていないスマホが勝手に喋り出すようなものである。
5. ケンタッキーの肉の雨(1876年3月3日)
黒い雨は、まだ「雨」だった。だがこの日ケンタッキー州に降ったのは、どう見ても肉片だったという。
後年、猛禽類が吐き戻したものとする説なども唱えられたが、なぜ肉が降ったのか、そもそも本当に肉だったのかすら決着していない。棚から牡丹餅ならぬ、空から肉である。

人間がやらかした一日:死体を裁き、11日を丸ごと捨てる
6. 死体裁判(897年1月)
ローマで開かれた前代未聞の裁判。教皇ステファヌス6世が前任者フォルモススの遺体を墓から掘り出させ、祭服を着せて玉座に座らせ、被告として裁いたのだ。
前任者の在位を無効と宣言し、自らの立場を固める狙いだったとされる。有罪判決は出たものの市民の怒りを買い、彼は同年のうちに廃位され殺害された。死人に口なしとはいえ、やり過ぎである。
7. 消えた11日間(1752年9月2日)
イングランドの人々が眠りについて目を覚ますと、11日後の9月14日になっていた。ユリウス暦の閏年の入れ方によって生じた11日のズレを、グレゴリオ暦への切り替えで一気に解消したためだ。
だが、マスメディアなど存在しない時代である。自分が11日間も眠り続けたと思い込む者が続出し、各地でパニックと暴動が起きたと伝えられている。国家公認の浦島太郎体験だ。
こうして並べてみると、空が壊れた日の多くには「遠方の山火事の煙」というもっともらしい説明が用意されている。だが煙の匂いすらしなかった暗黒の日も、正体不明のまま終わった肉の雨も、いまだ誰も完全には説明できていない。
歴史を揺さぶるのに、長い時代は要らない。たった1日で足りる。そして明日が「その1日」にならない保証は、どこにもないのだ。
参考:ODDEE、ほか
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2024.10.02 20:00心霊太陽が消え、インクのような黒い雨が降り、空から「肉」が落ちてきた…… 人類史に記録された奇妙すぎる7つの一日のページです。太陽、肉の雨などの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで


