AIが設計したウイルス、302種のうち16種が本当に細胞を殺した —— 専門家が警告する新技術の危うさ

今、AIはただ文章を書くだけの存在ではなくなりつつある。米スタンフォード大学の研究チームが、生成AIに「ウイルスの設計図」そのものを一から書かせるという実験に踏み切った。
AIが提案した候補の中から実際に合成された302種のうち、16種は本物の細胞を殺す能力を持っていたという。生命科学の新たな扉を開いたこの成果に、専門家からは「歓迎すべき進歩」と「看過できない危険信号」という、正反対の声が同時に上がっている。
AIが「ゼロから」書き上げたウイルスの設計図
研究チームが用いたのは、Evo1とEvo2と呼ばれる生成AIツールだ。ChatGPTのような文章生成AIと似た仕組みを持つが、学習素材は文章ではなく遺伝情報そのものだという。
バクテリオファージ(細菌だけに感染するウイルス)の全ゲノム約200万件を学習させたところ、AIは数千通りもの新たなゲノム候補を出力した。
その中から302種を選んで実際に合成し、大腸菌を入れたシャーレに投入したところ、16種が大腸菌に取りつき、実際に殺す働きを見せた。研究者のブライアン・ハイ博士は、AIに冒頭から末尾まで一続きでゲノム全体を生成させ、人間の手は一切加えていないと説明している。
大学院生サミュエル・キング氏は、シャーレに細菌が死んだ痕跡(プラーク)がはっきり現れた瞬間を、非常に興奮した体験として振り返る。なお今回作られたのは細菌にしか感染しないウイルスであり、人間や動物、植物の細胞に感染する能力はない。
「技術は存在するが、統治する仕組みがない」
この研究成果は科学誌サイエンスに掲載されたが、同時にジョンズ・ホプキンス大学の専門家トーマス・イングルズビー博士とモーリス・ハンケ博士による警告文も発表された。
両氏は、生成AIでウイルスのゲノムを組み立てる技術はすでに現実のものとなった一方、それを安全に制御する統治の仕組みはまだ存在しないと指摘し、生物学的な安全性と安全保障の両面で「緊急の課題」があると訴えている。
英マンチェスター大学のパトリック・カイ博士も、対象は小さなバクテリオファージのゲノムに過ぎないとしながら、その意義はファージにとどまらないと述べる。AIが進化の積み重ねてきた設計原理そのものを学習し始めている可能性があり、AIによるゲノム設計という新領域への扉が開かれつつあるという見方だ。
「過大評価された脅威」か、それとも次なる火種か
一方で、英インペリアル・カレッジ・ロンドンの合成ゲノム工学の専門家トム・エリス教授は、今回の成果を評価しつつも冷静な見方を崩さない。バクテリオファージは現存する中でも最も小さく作りやすいゲノムであり、より複雑な生物のゲノムを一から設計する道のりはまだ遠いと釘を刺している。
エリス教授は、危険な病原体のデータで訓練されたAIが理論上は有害なウイルス設計に悪用される可能性を認めつつも、遺伝情報へのアクセス制限や危険なゲノムの合成規制でリスクは抑えられるとし、各国政府がすでに対策整備を進めていると説明する。
その上で、AIがゼロからウイルスや細菌のゲノムを丸ごと設計する脅威は過大に語られていると強調し、既存の病原体に手を加えて機能を強化する「機能獲得研究」の方がはるかに容易で現実的な脅威だとの見方を示した。
機能獲得研究は、病原体の伝播力や病原性を人為的に高め将来のパンデミックに備える研究手法だが、新型コロナウイルスの流行時、中国・武漢ウイルス研究所での関連研究の是非をめぐり激しい論争の火種となった経緯がある。
AIによるゲノム設計という新技術が、その延長線上でどんな議論を呼ぶのか。技術の進歩に規制整備が追いつけるかどうかが、今後の焦点になりそうだ。
参考:Daily Mail、ほか
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